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「被写体のパターン化」

スナップ写真を撮っていると、時々、被写体を記録するより、被写体を切り取って(トリミングして)パターン化したいと思うことがあります。雑誌の仕事で撮ったスナップが、上手く切り取られて印象的にパターン化されて掲載されるという事がよくありました。デザイナー氏が上手くトリミングして、こちらの撮影意図とは違うイメージにはなってはいるのですが、とても印象的になっていた記憶があります。

写真を撮る場合は、できるだけ質感や立体感を出して被写体を忠実に表現しようと考える習慣がありますが、その姿形に造形的な動きがある場合には、逆に、立体感をなくして、平面的にイメージ化すると面白い結果を生む事があります。

この場合、どこをどのように切り取るのかが勝負になります。フィルムカメラの場合は、プリズムファインダーで撮るよりは、ピントグラスに写った像を見た方が直接的なイメージが掴めます。デジタルの場合もプリズムファインダーより、ライブビューやミラーレスの方が直接像を液晶画面という平面で確認できて、良い結果を生むと思います。

NY時代に、よくフォトジェニックな壁の落書きやポスター、マーケットに並ぶフルーツや農産物を中望遠で切り取って遊んでいたことがあります。結構、フレーミングやトリミングのトレーニングになるし、アイデア次第では、作品としてまとめると面白いと思います(上・中写真:NikonD700+85mmf1.4、下NikonF4+105mmマクロ)。

lighting

waterdrop

 

 

 

コラム

※人の顔というものは、見ていて飽きません。パーツのひとつ一つが客観的に美しく、配置が整っているのが所謂美男美女と言うことになっていますが、統計学的に、美しいと認識されているパーツを理想的な配置にすれば、「印象的」な美女になるのか?と言えばそうではありません。逆に、整っていればいるほど印象は薄くなると私は感じています。時々ケーブルテレビで中国のニュースを目にしますが、アナウンサーにしろ女優さんにしろ、見た瞬間、はっとするような美人が多いのですが、5分経つと忘れてしまうような顔ばかりです。15億人に「美人」だと認められないと美人ではないのであれば、中国における美人は、投票で選ばれたような最大公約数的な美人になってしまうのでしょう。その点、美人を商品にしてきた歴史が長いヨーロッパやアメリカでは美人の概念が時代によって変遷しています。一度見たら忘れられないような顔ばかりです。 1990年代の元祖スーパーモデルたちに共通していた特徴は、口元でした。私も撮ったことのあるクリスティ・ターリントンは、アメリカ女性の憧れだと言われていますが、パーツだけ見ると、結構クセのある顔でした。特に口が大きいのが印象的で、あの口がなかったら、平凡な美人だったかも知れません。同時代のスーパーモデル、クラウディア・シファーは、彼女が子供の頃、父親が、その不器量ぶりに彼女の将来を儚んで泣いたそうです。このような個性が好まれる時代はこれから来るのかちょっと疑問です。