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物撮影:構成と構図

仕事で「物」(ブツ)の撮影と言うと、「物」をきっちりと客観的に伝えるための写真と、イメージ写真に分かれます。これは、パンフ等の広告媒体と雑誌媒体でも同じです。 ここでは、イメージ写真について語りたいと思います。

私は、結構長い事、雑誌やムックの物ページのイメージ写真も撮ってきました。イメージ写真といっても、ロケ取材の現場で、ドキュメンタリー風に撮るものや、スタジオで広告写真の様に撮る場合もあります。基本的に人物も物も同じ「写真」です。それが魅力的、個性的に見えると良いと考えています。ただ、ある程度質感を出すためには、物は人物撮影にはない小技を使うことになります。

私は、何時も、撮影に際し、カメラのタイプとかライティングを決めていませんでした。先入観とマンネリ化が嫌だったからです。 自然光で、35mm一眼レフで撮ることもありましたし、大光量で8×10で撮る事もありました。ライティングに関しても定番はありませんでした。とにかく、クライアント(編集者)が満足し、自分の被写体に対するイメージが出せれば、それで良いと考えていました。また、撮影条件で決めることもありました。所謂現場主義です。

物のイメージ写真で最も大事な事、それは物の構成(演出)と構図(コンポジション)だと思います。これがだめだと、いくら物が素晴らしく、カメラ・レンズ・ライティングが良くても「没」な写真になってしまいます。私は、常々、ビジュアルを専門にしていない普通の方々が、写真をどのように判断しているのか興味をもって観察していますが、まず無意識に目がいくのが、構成と構図です。それで、その写真の第一印象を決めていると考えています。しかし、これがとてもやっかいな作業なのです。

絵を「構成」するための背景、物を乗せるテクスチャ(台・ファブリック等)、被写体を自然に見せるための小物類と配置。これらは、通常スタイリストさんがあちこちから借りて来ますが、私は、できたら、フォトグラファーが揃えるべきだと考えています。自分にない感性と生活感を持っているスタイリストさんが必要な場合だけ、スタイリストさんを使うというのが良い結果を生むと思います。

器

この写真は、料理写真ではなく、「器」の写真です。器が映えるように、背景は板や、簀子、石畳を選んでいます。また料理もそのように選んでいます。ロケでの撮影ですが、料理と盛りつけは、器の作家の方です。器と料理に立体感や質感を持たせるために、光が低く斜め後ろから入る様に被写体を配置して、自然光で、レフ板だけで撮っています。この写真の様なトーンはデジタルでは出ません。フィルムならではの色です。こういうトーンを求めるフォトグラファーが多いのかどうかは知りませんが、最近、デジタルデータを、コダックのリバーサルフィルムの色調に変換するソフトウェアが登場しました。どこまでできるのか?試してみようと思っています(マミヤRZ67+180mm、フィルム:EPR)。

配置とコンポジションは物撮影にとって命です。 しかし、この配置とコンポジションの感覚は、音感みたいなもので、個人差がかなりあり、トレーニングとか学習ではどうにもできない部分があります。

「黄金分割」という有名なコンポジションに関する法則、黄金律がありますが、これを守っていれば、まあなんとか収まりの良い写真が撮れるとは思いますが、現場の被写体はもっと複雑です。さらに、収まりが悪くなるぎりぎりのスリリングなコンポジションは、写真を緊張感のあるものにします。その辺は自分の「磁石」のような感覚を育てるしかないと思います。

例えば、写真中の徳利と酒肴の写真ですが、酒肴の器は定位置にして徳利と猪口の配置を探りましたが、5mm動かしただけで構図が安定したり、不安定になったりします。また、この場合、盆に写り込んだ器の影も構成要素の一つとなります。 すべての要素が一つの動きを生み出すように配置しました。

構図を決定する過程で、絵が少しでも不安定になると、私の場合、お尻がむずむずして気持ち悪くなるので、それが収まるまでトライ&エラーを繰り返します。最初に「エイヤ!」と一刀両断に決めたコンポジションが意外とベストな場合があります。しかし一応、周りに「苦労しているんだぞ」というポーズを見せるために、あれこれトライしますが、また最初に戻ってくるというケースが多かったように思います。

あと、雑誌や広告の場合は、写真に文字が乗る場合がほとんどです。ちょっと「なまくら」な緊張感のない構図でも、文字が効果的に乗ると、俄然素晴らしい「絵」になる場合もあるので、その辺はデザイナーさんとのコラボレーションとなります。

物撮影:構図と自然光ライティングの一例

baccaratこれは、バカラのワイングラスです。グラスを撮る時には、透過光といって、後ろから光を当てて、グラスの透明感を強調して撮ります。通常、スタジオでライトを組み立てて撮りますが、それではカタログの説明写真になってしまいます。

イメージ写真であれば、このように自然光で撮った方が面白い絵になります。ここでは、デスクの上にグラスを置いて、約2m後ろにはレースのカーテンを垂らした窓があり、外は快晴です。レフ板は使っておらず、後ろからの自然光だけで撮っても、こんな感じに撮れます。

レースのカーテンがグラスの曲面でデフォルメされて動きを出しています。カメラは、テーブルのやや斜め下から撮っていて、テーブル角面は黒い線になっていますが、こういう撮り方を初めて広告に取り入れたのがシャネルの広告です。

アートディレクターのジャック・エリュと巨匠アービング・ペンの一連のコラボレート作品がそうで、黒い台の上に商品を乗せて、やや斜め下のアングルから迫力のある構図で撮っています。

私が雑誌で物の写真を撮り始めた頃は、誰もこういう撮り方をしていなかったので、実験的に撮り始めてみました。結構迫力のある絵になりますが、この撮り方の欠点は、物に迫力が出てしまい、実際に物を見ると、物が貧弱に見えてしまうことです。私が撮った広告を見て、某ブランドの高級腕時計を購入しようと来店されたお客さんが、実物を見て、がっかりされたという話をクライアントさんから伺いました。かと言って、あまりしょぼい写真は撮れないし、困ったもんだと思った経験がありました。

この写真では、カメラを少し傾けて、物を斜めに煽って撮っていますが、これで、少し動きが出て、スリリングな感じになったと思っています。テストで傾けないカットも撮ってみましたが、結構平凡な感じになってしまいました。

ちょっときれいだなと思う物があったら、こうやって、あれこれ考えながら撮るのも、いろんな「気づき」があって良いトレーニングになると思います。

余談ですが、5年ほど前、商売をやっている友人から、ある商品を実験的にネットに出品したいと相談を受け、試験的に私が半年ほど、勝手気ままに、このバカラのような感じで撮影した写真をアップして販売したことがあります。同じ商品が数多く出品してあった中で、抜群の落札率を誇り、飛ぶ様に売れた経験があります。まあ、他の写真があまりにも平凡すぎたという事もあったのでしょうが、この時、広告は写真だ。と改めて感じました。

物の撮影は、演出、構図、ライティング、アイデア、小物、その他、いろんな要素が絡み合います。それだけにいろんな可能性があると感じます。

この写真で留意したことは、

  • 表現したかった事:バカラの透明感とフォルムを自然光の中で浮かび上がらせる事。
  • グラスの配置:グラスに外から美しい光が入る場所を選び、テーブルを配置、ピントのことを考えて、テーブルから窓までは2m程度としました。
  • カメラのアングル:アングルは全体のフォルムを考えただけでなく、グラスの透明部分とダークグレーの部分の割合が、一番透明感を感じるアングルになるように決めました。相手が自然光の場合、光を動かすことはできませんから、カメラや物を動かしながら、質感が良く出るポジションを探す必要があります。
  • ピント:グラスボールの前部分のエッジと、ステム(脚)にピントが来る様にしています。グラスボールの前部分のどこかにしっかりとピントが来ていないと、締まりがない絵になってしまいます。ボール前部分のピントは浅いですが、これは、ボケを出すための浅い絞りでステムにもピンを持ってくるための妥協です。
  • ライティング:カメラを覗き、テストをして、十分美しかったので、外からの自然光のみにしました。レフ板も入れて見ましたが、写り込みが汚く、しまりのない絵になってしまい没。
  • 使用機材:Nikon D700+85mmf1.8 接写リング使用。PhotoshopCS4で処理。マクロレンズ(105mm)は、背景のボケが嫌で使用せず。
    (続く)

 

コラム

※NYのスティルライフ(物)を撮るフォトグラファーたちは、自分のスタジオに、自分で、セットを作っていました。例えば、料理の写真で、トスカーナ風のダイニングキッチンを背景に料理を撮る場合には、実際に壁を塗り込んだりしてキッチンを作り、プロ顔負けのセットを作り上げているのを見たことがあります。まあ、これは相当な予算がある場合でしょう。とにかく普段から、いろんな小物や、背景テクスチャ等を頭にインプットしておくと良いと思います。そして、仕事によって臨機応変に組み合わせると他とは違った、変化のある写真が撮れると思います。面白いのは、自分が経験した生活以外のシチュエーションや、自分の感性とはかけ離れた表現で撮ろうとすると、それが、どこか嘘っぽく、不自然に写ってしまうのです。写真は怖いです。

※ 1990年代の後半に、 年に3~4回の割合で「月刊太陽」の撮影をしていました。 1963年に創刊されてから休刊に至るまで、 写真家にとって、最も仕事をしたい本のひとつであったようです。 私はある方の紹介で直接編集長の清水さんに 作品を見せに行ったのですが、 気に入っていただけたようで、 その場で仕事をいただきました。 それ以来、編集部の方や、取材先の方々とは、 仕事をするというよりは、 道楽話に花を咲かせる 友人同士のようなおつきあいをさせていただきました。 ですから、 あまり仕事をしているという感覚はなく、 道楽の延長で写真を撮っていたようなところがありました。

残念なことに、 「月刊太陽」は2000年12月号をもって廃刊になりました。 偶然、私は最終号の仕事でロケに出ていて、 ロケ先で、そのニュースを知りショックを受けました。

休刊までの1~2年は、 ユニークな特集主義で 有名だった「月刊太陽」はますます、 そのユニークさをエスカレートさせ、 「徳川慶喜」、「サン・テグジュペリ」、「白州次郎」 などの特集を連発していました。 私としては、嬉しい限りでしたが、 これで売れるのだろうか?商売が成り立つのだろうかと、 人ごとながら心配したものです。 案の定、心配は的中してしまったわけですが、 自分の広告塔でもあり、 愛着を持っていた「月刊太陽」が廃刊になって、 力が抜けてしまいました。 写真家は雑誌で育てられるようなところがあるので、 「月刊太陽」のように、 半ば白紙委任状で写真を撮らせてくれるような雑誌は貴重な存在でした。 「月刊太陽」は、一応休刊ということで、 版元の平凡社も存続しています。 また再び、本物を求める、道楽の時代が再来したら、 是非復活して欲しいものです。